GⅡのうち3レース、GⅢのうち24レースがハンデ戦であり、重賞で勝負するにあたってハンデ戦は避けて通れません。重賞以外では、オープン特別や1600万下、1000万下も含めると、中央競馬では1年間におよそ201戦のレースがハンデ戦として行われています。
ハンデ戦とは、全ての出走馬に1着になるチャンスを与えるため、実績上位の馬と実績下位の馬との間で斤量(負担重量)差をつけるレースのことを指します。これによりレースが面白くなることが意図されているわけですが、反面、過去の実績の比較により単純に勝敗が決まらなくなるため予想が難しくなります。
ハンデ戦においては、ハンデキャップ作成委員の方々が各馬の斤量ハンデを決定します。私はこの決定された斤量によるハンデキャップが適切に定められているのかという点に疑問を持っていました。
もし少しでも斤量の設定に穴があるならば、そこに回収率を上げるためのヒントがあるはずです。ハンデ戦における斤量のタイム・勝率・回収率への影響を過去10年のデータをもとに分析することによって、ハンデ戦の予想に役立てたいと思いこの記事を執筆しました(ちなみに、私はハンデ戦の予想が苦手です)。
結論をまとめると、
- ハンデ戦では斤量は適切なハンデになっておらず、斤量が重い馬ほど成績が良い。
- ただし、斤量と回収率には明確な傾向はなく、単純に斤量で稼ぐことは難しい。
- 回収率が高くなる斤量のゾーンが存在する。
ということが分析によりわかりました。
それでは、分析に入っていきましょう。
斤量のタイムへの影響
初めに、斤量がタイムに与える影響を検証していきます。タイムとしては、距離によるタイムへの影響を除くため、Target Frontierで提供されている補正タイム(補9)を用います。
補正タイムについては下記のサイトをご参照ください。
簡単に補正タイムについて説明すると、補正タイムが大きな値であるほどタイムが速く、100が1000万下のクラスにおける平均的な勝ちタイムとなります。また、0.1秒の差が補正タイムの1に対応していると言われています。
ちなみに、この補正タイムの算出に斤量が考慮されている場合はこの検証の前提が揺らいでしまいます。しかしながら、説明書を読む限り斤量が考慮されていることは確認されませんでした。また補正タイムと私が算出した距離毎に標準化した斤量を考慮していないタイムとを比較したところ、同様の傾向が見られました。つまり、Targetの補正タイムは斤量が考慮されていない可能性が高いです。もし補正タイムを使って競馬予想をされている方は過去走との斤量増減について考慮した方がよいかもしれません。
斤量ハンデは適切に設定されているのか?
まずは、単純に斤量ごとの補正タイムの平均値を見てみましょう。
もし、ハンデ戦において各競走馬の能力に対して適切に斤量が設定されているならば、斤量ごとの平均タイムには大きな差がないはずです。
表1やグラフを見ると、明らかに斤量が重いほど、補正タイムが大きい(走破タイムが速い)傾向があります。つまり、ハンデ戦においては、各競走馬の能力差に対して適切に斤量が設定されておらず、斤量ハンデが重い馬が依然として有利なままになっていることが分かります。
表1 ハンデ戦における斤量毎の補正タイムの平均値
一般に「斤量1キロ=+1馬身=+0.2秒」のタイムへの影響があると言われています。
例えば、有名な「西田式スピード指数」でも上記の影響を前提として計算されています(この1キロ=+0.2秒という考え方はイギリスの初期のハンディキャップ競争に起源があるそうです)。
上記の分析により、斤量ハンデが競走馬の能力差を埋められていないことがわかりましたが、これでは斤量がタイムに与える影響はわかりません。高い能力の競走馬に重い斤量が課され、その馬が速いタイムを記録しているため、斤量が重いほどタイムが速いという結果になってしまっているからです。
各競走馬の能力を考慮した斤量のタイムへの影響
そこで、統計における固定効果モデルという手法を使い、各競走馬の能力を一定に調整したうえで、斤量とタイムの関係性を分析してみましょう。
小難しいことを抜きにすると、これにより、個々の競走馬の能力を無視して、斤量とタイムの純粋な関係性を分析することができます。
下記がその分析結果です。重要なのは「補正タイムへの影響」の列で、これは斤量48.5キロ以下と比較してどれくらい補正タイムが変化するかを表しています。
表2 各競走馬の能力を一定とした場合の斤量がタイムに与える影響
ややバラツキがありますが、各競走馬の能力を一定にした場合、基本的には斤量が重くなるほど補正タイムが下がる(走破タイムが遅くなる)ことがわかります(このことは、固定効果モデルによって各競走馬の能力を上手く一定に出来ていることを示します)。
ちなみに、「有意水準」の列は無視してもらってもいいですが、補正タイムへの影響の値が統計的に0と異なるかを表します。*が付いていない場合、斤量が増えたとしても斤量48キロ以下のタイムと確率的には変わらないことを意味します。つまり、*が付いていない斤量についてはハンデになっていない可能性があります。*に注目すると斤量56キロからタイムへの影響が出てきているので、斤量差7キロ(56ー49キロ)あればタイム上のハンデが発生していると言えます。
斤量が1キロ増える毎に平均して補正タイムは-0.84低くなっています。基本的には、補正タイムの差1=0.1秒なので、「斤量1キロ≒+0.084秒≒0.42馬身」というに変換できます。すなわち、一般的に想定されている斤量1キロ=+0.2秒という想定は間違いであり、もっと斤量の影響は小さい(半分以下)ことを意味します。この間違った想定がハンデ戦において斤量の設定が適切に行われておらず、ハンデになっていないことにつながっているのでしょう。
なぜハンデ戦の趣旨に反してこのようになっているのかを考えると、斤量は騎手の体重による下限と、馬の負担が増えすぎないように60キロ以上の斤量を設定しないようにするという上限があることが考えられます。これによって、本来ならばもっと斤量差を付けるべき能力差があるにも関わらず、適切な斤量が設定できないのでしょう。
小話:1978年の日経新春杯において、当時のスターホースであったテンポイントが66.5キロの斤量で出走し、レース中に故障、その2ヶ月後に死亡するという悲劇がありました。現在の競馬では、その教訓から60キロを超えるハンデは課されないようになっているようです。
ハンデ戦の勝率・複勝率への影響
ここまでの分析により、ハンデ戦において斤量ハンデは適切に設定されていない(各競走馬の能力差を埋められていない)ことがわかりました。
それならば、ハンデ戦において斤量が重い馬の勝率が高くなる傾向があると考えられます。
表3はハンデ戦における斤量毎の勝率・複勝率をまとめています。やはり、斤量が重いほど勝率・複勝率が高くなる傾向が見られます。斤量55.5および56.5はサンプルが少ないため異常値が含まれるとして、58キロをピークに、その後は減少傾向になっています。さすがに58.5キロ以上になると馬への負担が大きく、勝率が下がってしまうのでしょう。やはここでも斤量が適切なハンデとなっていないことが示唆されます。
表3 ハンデ戦における斤量毎の勝率・複勝率
ハンデ戦の回収率への影響
それでは、最も重要なことについて分析してみましょう。この斤量ハンデが適切に決められていない事実にもとづいて馬券を買う戦略でお金を稼ぐことは出来るのでしょうか?
もし、このことが周知の事実であるならば、斤量が重い馬のオッズが下がっており、回収率には影響を与えていない可能性があります。
ハンデ戦における斤量毎の単勝・複勝回収率の平均値が以下のようになります。
表4を見ると、実はこの斤量が重いほど勝率が高くなることは既に競馬ファンの馬券戦略に組み込まれているようです(馬券市場の効率性がそれななりに高い)。しかしながら、斤量49キロ以下、もしくは58.5キロ以上の馬は買わない方が良いですね。また、斤量53キロ、55.5キロ、58キロには妙味があります。買い目としては、勝率の高い斤量58キロまでの重い馬を軸とし、以上の妙味のある馬をヒモに付けるという戦略が考えられるでしょう。
表4 ハンデ戦における斤量毎の回収率
条件別の斤量の影響の違い
次に条件別に斤量の成績への影響度を分析します。まずは、ダート・芝についてです。ダートの方がパワーが必要と言われていますが、芝とダートにおける斤量の影響の違いも見てみましょう。表5がダート、表6が芝の成績となっております。基本的な傾向は全体の傾向と同じであり、両者にも大きな違いはありません。
表5 ダートにおける斤量別成績
表6 芝における斤量別成績
芝とダートでは、斤量の影響はほとんど同じであると考えて良いでしょう。なお表にはしていませんが、性別について、牝馬・牡馬でも傾向は同じでした。距離や馬場状態については、距離が短いほど、また馬場が良いほど、斤量が軽い方が有利になるという傾向が一般的に言われております。
しかし、距離や馬場の条件別が勝率や回収率に与える影響はほぼありませんでした。つまり、基本的には芝・ダート、性別、距離、馬場状態などの条件別に分析しても、ハンデ戦においては斤量が適切なハンデになっていないことが示唆されています。
斤量馬体重比の分析
これまでの分析では、馬体重は考慮しておりませんでした。基本的には、馬体重が重いほど高負荷の斤量にも耐えることができ、斤量馬体重(斤量÷馬体重)が低いほど良い成績になると考えられます。
斤量馬体重比はサンプルを10グループに分割して、その平均値を見ていきます。
表7がその結果です。上記の予想と反して、緩やかながらも斤量馬体重比が高い馬の方がタイムと勝率が良い傾向が見られました。そのピークは12.2~12.4の範囲にあり、それ以降は競走馬への負担が高くなるためか、やや成績は悪くなります。ただし、回収率については、斤量馬体重比が11.2~11.4および12.2~12.4の範囲に妙味があることがわかります。この範囲の馬を買うことは推奨されるのではないでしょうか。
表7 斤量馬体重比による勝率・回収率への影響
まとめ
これまでの分析結果をまとめると次のようになります。
- ハンデ戦における斤量は各競走馬の能力差を埋めているとは言えず、適切には設定されていない。
- 斤量は58キロまでならタイム・勝率・複勝率が上昇し、とくに、55.5~58キロまでが狙い目。
- ただし、このことはある程度競馬ファンは分かった上で馬券を買っているため、単純に斤量が重いほど回収率が上がるわけではない。
- 斤量53キロ、55.5キロ、58キロには回収率でも妙味あり。
- 斤量49キロ以下や58.5キロ以上の馬は避けるべき。
- 芝・ダートや性別、距離、馬場状態ごとでも上記の傾向は同じ。
- 斤量馬体重比も同様に、高い馬の方がタイムと勝率が良い傾向がある。
- 回収率については、斤量馬体重比が11.2~11.4および12.2~12.4の範囲に妙味がある
馬券市場は株式市場同様にある程度効率的であり、競馬ファンの方々はある程度斤量が適切なハンデとなっていないことを見越して馬券を買われているようです。
しかしながら、一定の斤量・斤量馬体重比のゾーンにおいてまだ期待値がとれるため、今後の競馬予想の参考にして頂けましたら幸いです。
ちなみに、タイム分析と同様の固定効果モデル(表2)で各競走馬の能力を一定としてうえで、勝率・複勝率・回収率に与える斤量の影響を分析した場合、斤量の違いによる影響はほとんど観察されませんでした。このことは、ハンデ戦においてレースの勝敗や回収率を上げるためには、なんだかんだ基本に立ち返り、競走馬の能力を見抜き、(斤量の影響をあまり考えずに)自分の信じる能力の高い馬を買うという馬券戦略が有効であることを意味します。
合わせて別定戦における斤量の影響も検証したこちらのコラムもお読みください。ハンデ戦とは異なる結果となっており面白いです。
「斤量は適切なハンデになっているのか? Part1」では、ハンデ戦における斤量の影響を分析し、斤量は各競走馬の能力差を埋めているとは言えず、適切には設定されていないということが分かりました。それでは、別定戦においてはどうなっているのでしょ[…]
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(11月8日追記)この記事を執筆するきっかけとなった2021年11月7日のアルゼンチン共和国杯では、トップハンデ斤量57.5キロのオーソリティが骨折による6ヶ月半の休み明けにもかかわらず、強い走りを見せ、1着となりました。これは一例ではありますが、この記事の「ハンデ戦においては能力差を埋めるほどの近量ハンデとはなっていない」という主張を実証してくれたと思います。オーソリティとルメール騎手はおめでとうございます。
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